日本の警察は優秀とよく聞きますよね。事件、事故の一報を聞き、初動捜査の迅速さ、各部署との情報共有・連携捜査から事件解決まで正確で丁寧に行われています。
しかし、証拠や手がかりの少ない難事件に出くわした時、どのように解決していくのか見ものですよね。チームワークと抜かりない捜査に加え、頭のキレる指揮官がいると盤石なのかもしれません。
本日は本格警察ミステリー・米澤穂信氏著作「可燃物」について紹介していきます。
米澤穂信氏は1978年岐阜県生まれ、2001年「氷菓」で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。
11年「折れた竜骨」で第64回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を、14年「満願」で第27回山本周五郎賞を受賞。同作は「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」の国内部門1位となり、史上初のミステリーランキング3冠を達成。
翌年、「王とサーカス」でもミステリーランキング3冠に輝く。21年「黒牢城」で第12回山田風太郎賞を受賞、さらに同作で22年第66回直木賞、第22回本格ミステリ大賞を受賞。また同作は史上初となるミステリーランキング4冠を達成。
著作に「さよなら妖精」「春期限定いちごタルト事件」「ボトルネック」「インシテミル」「儚い羊たちの祝宴」「本と鍵の季節」「Iの悲劇」など多数。読書エッセイに「米沢屋書店」があります。
当ブログはなるべくネタバレの無いようにあらすじ・感想を書いております。
あらすじ(帯表紙より)
太田市の住宅街で連続放火事件が発生した。県警葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに犯行がぴたりと止まってしまう。
犯行の動機は何か?なぜ放火は止まったのか?犯人の姿が像を結ばず捜査は行き詰まるかに見えたが、、(「可燃物」)
連続放火事件の”見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編
崖の下
群馬県利根川警察署に遭難の一報が入った。通報者はスキー場でロッジを経営する芥川妙司。さいたま市から来た五人のスキー客のうち四人と連絡が取れないという。
ひとりロッジに戻っていた浜津京歌から話を聞き捜索を開始する葛班はスキー場の崖の下で四人のうちの二人を発見するが、一人は死亡していた。
鑑識による捜査で、死因から事件性があるとみた葛警部は、事件の謎を究明していくが犯行に使われた凶器が見つからずにいた、、
ねむけ
群馬県で起きた強盗致傷事件の被疑者の一人である田熊竜人が交通事故を起こした。
交差点で田熊の乗るワゴン車と相手の軽自動車がぶつかったが、幸い死者は出なかった。
事故の目撃者が四人見つかるが、皆同じ証言をしていることに違和感を覚えた葛は、さらなる捜査を続けていく、、
命の恩
群馬県の榛名山麓にあるきすげ回廊途上で人の腕が見つかったと通報が入る。
捜査の結果、その腕は野末晴義のものだとわかる。
葛班は捜査線上に浮かび上がってきた宮田村昭彦に話を聞くが、なんと宮田村が殺害を自供する。
事件は解決したかに思えたが、宮田村の娘・香苗は殺害をするはずがないと話す。
果たして事件の真相は、、
可燃物
群馬県太田市で連続放火事件が起きる。
火はすべてゴミ集積所の可燃ゴミに点けられたものだった。
ゴミ出しのルールを守らない者への不満や警告のようなものかに思えたが、ある日を境に犯行が止まってしまう。
犯行の動機は?なぜ放火は止まってしまったのか、、
本物か
群馬県伊勢崎市のファミリーレストランで男が立てこもっていると通報が入る。
駆けつけた葛班は、店から逃げ出した従業員や客からの聞き込み調査を行った結果、男は傷害で前科がある志多直人。
そして、店長の青戸勲が人質として中に取り残されていることがわかる。さらに、志多は銃を所持しているため、店の中へ侵入できずにいた。
聞き込み捜査を続ける葛はある不審な点に気づくが果たして事件の真相は、、
感想
警察による事件の捜査を鮮明かつ丁寧に淡々と描いた作品だと感じました。
全5編からなる短編集ですが、どれも完成度が高いです。
猟奇的連続殺人鬼が出てくるわけでもなく、一切証拠を残さない完全犯罪でもない。どれも現実にありそうな事件なのですが、小さな違和感や引っ掛かりを覚えます。
それをただ淡々と理詰めのように解いていきます。
問題は二つに分けられる。第一の場合。凶器は現場にあったが、それが凶器であるとまだ気づけていない。第二の場合。凶器は現場になかった。(「崖の下」より引用)
葛はまず、問題を二つに分ける。四人の証言が真実であった場合と、嘘であった場合だ。(「ねむけ」より引用)
情報を一つずつ洗いざらいし徹底的に調べ、問題を場合分けし、可能性を潰していきます。
葛は、直感とは観察力の蓄積が警告を発することだと考えている。直感を鵜呑みにして見込み捜査をするのは最悪だが、根拠が直感だけであることを理由に疑いを取り下げるのは、その次に悪い。(「可燃物」より引用)
長年の経験に基づく直感力も駆使し、事件を究明していきます。
時には部下の取り調べにも口を出し、その独特な捜査方法から葛班は葛のワンマンチームだと上司から言われてしまいます。
葛警部は上司からも部下からも良くは思われていませんが、捜査能力はピカイチなのです。
しかし、その名探偵でもスーパーヒーローでもない人間味と泥臭さが葛警部の魅力だと思います。
部下に指示を出し張り込み、聞き込みを行い情報を集め捜査本部で徹夜で考え抜き、可能性を一つ一つ潰しながら論理を組み立てる。
そして極め付けは、
葛は動機を重視しない。動機とは、ひっくるめて言ってしまえば「欲望」に尽きる。普通の人間の欲望はありきたりで、そのほとんどが金銭欲と性欲と憂さ晴らしに集約される。だが、その三つでは説明のつかない欲望というものが確かに存在していて、それらは人智を尽くしても予測することができない。予測できないものを頼りに捜査をすれば迷路に迷い込む。だから葛はふだん、動機を重んじない。(「可燃物」より引用)
しかしながら、本作は犯人は誰なのかではなく、犯人がある程度絞られた上で、どうしてそのような事件が起こったのかにフォーカスを当てた作品だと言えます。
人がどんな時に罪を犯し隠そうとするのか、どうしてバレたくないと思うのか、そして、隠すときに起こす行動は何なのか。
犯行動機から予測していく捜査手法よりも、あくまで客観的情報のみを頼りにひたすら足で稼いでいく捜査手法を取り、一見すると地味だけれども結局最後には犯人の心の機微を感じ取り犯行動機にたどり着く。
その捜査能力には脱帽しましたし、同時に人間味と泥臭さに引き込まれてしまい、まさにいぶし銀のような魅力を感じました。
こんな人にオススメ
・刑事ものが好き
・謎解きが好き
・ミステリー初心者
5編からなる短編集ですが、どの事件にも派手さはなく難解なトリックなども特にありません。
読者は一緒に謎解きをしながら読み進められると思います。
と言いつつ私は、どれも真相は最後までわかりませんでした。
読んでいくうちに葛警部の理詰めの推理の構築に「なるほど、なるほど」と思いつつ、どんどん残りのページ数が少なくなっていき、最後はどういう結末を迎えるのか、真相はいかがなものかと続きが気になってイッキ読み必至の作品だと思います。
個人的には「命の恩」と「本物か」が秀逸だと感じました。
米澤穂信氏著作「可燃物」ぜひ読んでみてください。