謂れのない疑いでの死刑判決は肉体や魂だけでなく、被告人の尊厳までも消し去ります。
日本では過去にも理不尽に死刑判決が下った例があります。
その被害者は絶望という名の独房の中に収監されるのです。
だから、絶対にあってはならないことなのです。
そして、そういった事件はたいてい、その罪を償った後に訂正されたりします。
人が人を裁くわけですから、100%正しいことはあり得ないでしょう。
しかし、どんなに証拠が揃おうと人としての尊厳、名誉だけは守られてほしいものですね。
今回、紹介するのは染井為人さん著作『正体』です。
染井為人さんの作品を読むのは『滅茶苦茶』以来、2作目です。
今作『正体』は2024年11月の映画公開が決まっており、気になっていたので読むことにしました。
2017年デビュー作であり、横溝正史ミステリ大賞優秀賞作でもある『悪い夏』も有名ですが、読んだことがないので、この後読んでみようと思います。
『滅茶苦茶』の紹介記事のリンクはこちらをクリック。
今回の紹介記事は一部ネタバレを含みます。
あらすじ
埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した!
東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム、、、
様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は?
その逃避行の日々とは?
主な登場人物
鏑木慶一 一家三人を惨殺した容疑をかけられ、死刑判決が下った少年死刑囚。拘置所を脱獄し、潜伏生活を送る。
酒井舞 東京の美容学校に進むが中退し、グループホームで介護の仕事をする少女。勤務先で慶一に出会う。
四方田 慶一の勤めるグループホームの社員。
野々村和也 土木作業現場で働く青年。現場で慶一と共に働いていた。
安藤沙耶香 マーケティング会社で務める30代OL。在宅ライターとして働く慶一を自宅に泊めていた。
渡辺淳二 元弁護士の中年男性。過去に苦い経験があり、住み込みの旅館で働いている。その旅館で慶一と働くことになる。
井尾由子 一家惨殺事件で殺された男性の母親であり、現場に居合わせていた人物。若年性アルツハイマー病を患っている。現在は慶一の勤めるグループホームで暮らしている。
感想
残虐な事件を起こし、死刑判決を受けて、脱獄した未成年の犯人が、色々な場所に出没して、名前を変え、職を変え、逃亡生活を送っていく物語です。
何か目的があって逃亡生活を送っていますが、その謎が少しずつ明らかになっていく過程が読み応えがありました。
各逃亡先では、そこのメインの登場人物が語り手となって、慶一の様子が描かれています。
そのため、各キャラクターから見た慶一の様子を多角的に表現していて、それが慶一ってこういう人なのかな?という積み上げと人間性の一貫性を持たせているように思われました。
現場がさまざまで、各々の場所で、いろんな人間関係が描かれていて、彼らを取り巻く社会への不満や反抗、巻き起こるトラブルなどが現実味を帯びていたので、ストーリーに厚みをもたらしているように感じました。
本書の最大の謎は彼が本当に犯人なのか、何のために逃亡生活を送っているのかということにつながってくるかと思います。住み込みの旅館のバイトで、痴漢冤罪を訴える弁護士が登場します。
このエピソードを経て、もしかして、鏑木は冤罪なのかもしれないな?という流れにシフトしていったように思われ、不自然さがなく、読者を導いているように思じました。
そこに構成力の秀逸さが伺えました。
ともに過ごした仲間が「死刑囚だ」と知らされても、自分の目で鏑木を見つめ、「彼がそんなことをするはずがない」と口を揃え、立ち上がる姿には感銘を受け、私自身も鏑木慶一というキャラクターに魅了されてしまいました。
エンタメの要素が強い本書ですが、死刑制度の是非、冤罪の残酷さ理不尽さなど、大事な社会問題が中核に埋め込まれていて、ただのエンタメに終わらず、実際に日本に潜在する重要な問題について考えるきっかけを与えてくれる価値のある作品だと感じました。
こんな人にオススメ
・正義感が強く社会に不満を抱いている
・謂れのない疑いをかけられたことがある
600ページものボリュームですが、各潜伏先での生活ごとにそれぞれが短編小説のようで比較的読みやすく、謎が少しずつ明らかになっていく様子にページを捲る手が止まりませんでした。
冤罪による死刑判決は肉体や魂だけでなく、被告人の尊厳までも消し去ります。
日本では過去にも冤罪による死刑判決が下った例があります。
その被害者は絶望という名の独房の中に収監されるのです。
だから、絶対にあってはならないことなのです。
冤罪事件の悲惨さ理不尽さをこれでもかというほどに鮮明に描いた作品です。
染井為人さん著作『正体』ぜひ読んでみてください。