田舎暮らしの30代看護師
自己満
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ミステリー

『罪の境界』薬丸岳 辛い経験の果てに両者を分けたもの 

 

突然ですが、みなさんは人生で辛かった経験は何ですか?

それはどんなことを思い浮かべますか?

私は妻との離婚を真っ先に思い浮かべます。

もっとこうすればよかった、ああすれば上手くできたなど今思うと後悔ばかりです。

ですが、私が今こうして執筆できているのも後悔を糧に未来をより良くしていこうと思わせてくれる存在があったからです。

本日は辛い経験をしながらも強く生きたある女性を描いた物語・薬丸岳氏著作「罪の境界」を紹介していこうと思います。

薬丸岳氏の著作として「告解」「籠の中のふたり」も当ブログで紹介しております。

「告解」の紹介記事のリンクはこちらをクリック。

「籠の中のふたり」の紹介記事のリンクはこちらをクリック。

※当ブログではなるべくネタバレしないよう、あらすじ、感想等を書いております。

 

あらすじ

渋谷のスクランブル交差点での通り魔事件に出くわしてしまった浜村明香里は犯人である男に全身17箇所を切りつけられ、重症を負ってしまう。

なんとか一命はとりとめたが、自分を庇ったため命を落とした男のことが気がかりでいた。男の名は飯山晃弘。なぜ、見ず知らずの赤の他人が命をかけて自分を守ってくれたのか。

そして、晃弘が息絶える間際、蒼白な顔で必死に訴えかけてきた最期の言葉の意味がわからずにいた。

「約束は守った、、伝えてほしい、、、」

この言葉は誰に向けられたものなのかを探るべく、明香里は晃弘の人生をたどり始める。

 

主要な登場人物

浜村明香里 〜 東京で小学校の事務員として働いていたが、スクランブル交差点で通り魔に襲われ重傷を負う。

東原航平 〜 明香里の恋人。出版社の編集部員。事件当日、明香里と会う約束をキャンセルしたことで明香里が襲われてしまったと後悔している。

小野寺圭一 〜 スクランブル交差点の通り魔事件の犯人。幼少期から苦難な人生をたどってきた。

溝口省吾 〜 風俗店を取り扱う雑誌のライター。自分と似たような境遇の圭一のことが気になり、逮捕後の圭一に接触する。

飯山晃弘 〜 スクランブル交差点通り魔事件の被害者。明香里を庇ったことで命を落としてしまう。

感想

この物語は、明香里、航平、そして省吾の視点で進んでいき、章ごとに視点が変わりながら展開していきます。

一命は取り留めたものの一時は生死を彷徨い、回復後も心身へのダメージは大きく元の生活に戻れるかすら危ぶまれた明香里と、自分がドタキャンしなければと自責の念に苛まれながらも必死に恋人である明香里を支え続けた航平。そして、最期に気がかりな言葉を残していった命の恩人である晃弘。

晃弘の最期の言葉は誰に向けられたものなのか。それを追う為に、挫折しながらも必死に彼の人生を辿ろうとする明香里の姿には胸を打たれました。

一方で、自分と似た境遇である犯人の圭一に接触しようとするライターの省吾。

明香里、航平の二人と省吾がお互いにそれぞれの真相に辿り着き、クライマックスの法廷でのシーンではページをめくる手が止まりませんでした。

 

罪の境界というタイトルにもあるように明香里、航平、晃弘の三人と圭一、省吾の二人には明確な境界があったように思います。

理不尽に襲われて一時は自暴自棄になってしまった明香里

自分が会う約束をキャンセルしたことで恋人を死の淵に立たせてしまった航平

辛い人生を生きてきたが、最期に生を全うした晃弘

各々が辛い経験をしながらも人生を投げることをしなかった。罪の境界である一線を越えることはしなかった。

一方、不遇な人生をたどり自暴自棄気味に殺人事件を起こしてしまった圭一との違いは何だったのか。家族、友人や恋人など大切なものの存在でしょうか。個人のモラルや価値観の問題でしょうか。

この作品を読み終えた時、私は人に寄り添い、想像する心だと感じました。

確かに、圭一は幼少期から不遇な人生をたどってきました。子どもの力ではどうしようもできない、環境のせいにするのも仕方ない。同情に値すると思います。しかし、それは殺人事件を起こしていい理由にはなりません。不遇だからといって、全てを諦めたように人生を投げ打って理不尽に人の命を奪う。こんなことがあっていいはずがありません。

明香里や晃弘はどうでしょう。
理不尽に襲われ、心身ともにトラウマや傷跡が残ってしまった明香里は挫折や苦難に直面します。もう元の自分には戻れないとまで考えていた明香里。

晃弘も同様です。彼もまた辛い人生を辿ってきますが(ネタバレになりそうなので詳しくは言えませんが)様々な人に支えられ改心し、最期の言葉を残してこの世を去っていきます。

命の恩人が残した言葉の意味を追うために、辛いことにも立ち向かった明香里。その道中には大切な人の様々な思いがありました。自らが他人には想像もできない傷を負いながらも人を思いやり、気持ちを推し量ることで得られたもの。それはたどり着いた真相よりももっと価値のあるものでしょう。

自分のことを気にかけてくれ、大切な存在が近くにいたにもかかわらず、それを諦めてしまい、自ら歩み寄ることをしなかった圭一との違いはこの心にあったのではないでしょうか。私は物語を読み終えた時そう感じました。

こんな人にオススメ

・長編小説が苦ではない
・辛く苦難な人生を歩んできた
・大切な存在について振り返りたい

本作は約470ページの長編小説となっております。視点となる登場人物が変わりつつ、展開も早いので飽きることなく読むことができると思います。また、心身にトラウマを植え付けられながらも必死にもがき、真相を追う明香里の心理的にたくましくなっていく姿や自責の念に苛まれながらも恋人に寄り添う航平の心の機微が丁寧に描かれており、感情移入してしまいました。

挫折や辛い経験は誰しもが直面したことがあると思います。私自身も辛い経験をして本気で自殺を考えたことがありました。しかし、それを踏みとどまらせてくれたのは大切な人の存在でした。皆さんは誰を思い浮かべますか?
思い浮かばない人はもしかすると気づいていないだけかもしれません。身近な存在に自ら歩み寄り、想像する心を持つこと。その大切さを本作から教わった気がします。